アカメガシワの見える窓

君たちがはじめて来たときのことをよく覚えている。いくつ物件を見てきたのか、不動産屋は少しくたびれた顔をしていた。どんな赤ん坊も泣き出しそうな冷たく暗い雨の日で、がらんどうの401号室は客人をもてなすにはいささか冷えすぎていた。君たちのうち一人がコートを着たまま上がってきた、不動産屋に差し出されたスリッパを履いて。

あの日、君たちはその小さな携帯電話の画面越しにずっと話していたね。それがインターネットを介した国際通話だったと知ったのは、君たちが住み始めてからだ。君たちは二人でここに来た。一人はその足で、もう一人は遠くの国から小さな画面越しに。君たちがここで暮らし始めたのは、それからすぐのことだった。

これまでの客人に比べて、君たちはよく僕のところで過ごしてくれた。ちっとも外出せずに二人でずっと室内にいた時期もあった。君たちは遠い国から送られてきた絵葉書や、それぞれが撮った人や鳥の写真を僕の壁に飾った。君たちは知らないだろうが、玄関の外に飾られている写真を、じっと眺めて帰る郵便配達員もいたんだ。その度に僕は誇らしい気持ちになった。

君たちは僕のもとで暮らす他の家族にも優しかった。外階段の踊り場に住むスズメ一家の末っ子が、掃除場の水たまりから出られなくなったことがあったね。君たちのうちの一人が見つけて、彼を乾かして暖めてくれた。その一家がアカメガシワの木でする巣立ちの練習も、君たちはよく台所の窓から見守っていた。君たちは僕と暮らした三年間で、二人の間の愛だけでなく、君たちを取り巻く世界への愛も育んでいたんだ。

もうすぐ君たちは僕のもとを離れ、新しい町へ越していく。君たち二人が愛し合う声も、すれ違って落とす涙も、食材を切る音も、鉄鍋からにおい立つ香りも、もうここにはない。君たちはまた別の場所で、食べ、笑い、寝、働き、愛し合うだろう。それはここでの生活と同じようで、異なるものだ。でも変化することを恐れることはない。

さあ君たちも巣立ちの時間だ。君たちが去っても記憶はここに留まり続けるだろう。再生できるデッキのないビデオテープのように、ただここにあり続ける。君たちのことは、僕が覚えている。

(たろ)